問56 昭和30年代前半のことですが、国土地理院で作られ、総理府資源調査委員会から発行された地図の内容が、その3年後に起こったある大災害の被害をほぼ表していたことがわかりました。そしてその大災害の約1年後、「地図は悪夢を知っていた」という表題で、ある新聞に掲載されました。その大災害は何で、その地図の名称は何だったのでしょうか。
問55 昭和19年12月7日、紀伊半島沖の熊野灘を震源とする東南海地震が起きましたが、その3日後にはその陸側周辺の航空写真の撮影が行われていました。太平洋戦争中なのですが、それはどこの機関によって行われたのでしょうか。
問54 海上保安庁海洋情報部では、測量から製図まで、日本人のみによって作られた海図を第1号としています。その海図は明治5年に発行されましたが、どこの地域だったでしょうか。
問53 2014年2月にロシアのソチで、冬季オリンピックが開かれましたが、日本にも”曽地”という地名があります。そこでは、ソチオリンピックの開会式に合わせ、”曽地オリンピック”という名前の地元の運動会が開かれたことがニュースで放映されていました。その”曽地”はどこにあるのでしょうか。
問52 国土地理院のインターネット用の地図である「地理院地図」で、2014年1月24日、地元の市の申請を受け、北岩、中岩、南岩の名称が、北小島、中小島、南小島に改められました。それはどこにある島で、3島を総称した名称を何というのでしょうか。
問51 平成25年12月13日の朝日新聞に、”かぐやの道案内で月面旅行”というタイトルで、新しい手法による月の立体地図(下の写真参照)が載っていました。それは何という手法で表したの地図でしょうでしょうか。 国土地理院のホームページから
問50 平成26年(2014年)は午年ですが、午年にちなんで「午」の付いた地名の問題です。「午」(うま)という字(あざ)のある市町村があります。それはどこでしょうか。たぶん全国でここだけだと思います。また午年の正月らしい「初午山」という山があります。それはどこにあるのでしょうか。
問49 住宅地図は今では都市部ではどこでも作られていますが、それのなかった昭和の初めごろから30年ごろまで、これに似た左の図のような通常「火保図」と呼ばれた地図が住宅の多い地区の一部で作られていました。これは何のために作られていたのでしょうか。
問48 国土地理院発行の地形図販売枚数は、昭和40年代には年間500万枚を超えていましたが、高性能のコピー機や、インターネットでの無料の地図の提供、それにデジタル化などの影響で、最近は100万枚を切っています。それでは戦前の昭和10年ごろ、国土地理院の前身であった旧陸軍陸地測量部の地形図の販売枚数はどのくらいだったでしょうか。
問47 国土地理院では、電子地図のみに載せる地図記号を検討されていることが、平成25年10月31日の朝日新聞に載っていました。国土地理院としては初めての試みですが、それは何の地図記号で、なぜ電子地図のみの地図記号としたのでしょうか。
問46 国土地理院のホームページに平成23年8月4日付で、”平成23年7月下旬に補給印刷した2万5千分1地形図「木曽駒ヶ岳」の整飾部分の「発行日の年号」を誤って表記していましたので、お詫びして訂正します。”の記事が載っていました。単純なミスなのですが、見ればすぐわかるものでもあります。それはどのような内容だったでしょうか。
問45 海上保安庁海洋情報部のホームページで、平成25年10月22日“日本提案の海底地形名を国際会議が承認”の記事が載っていました。その中で日本の明治から大正の歌人の名前と文豪の名前にちなんだ海山の名前がありました。それはそれぞれなんという海山でしょうか。